そうだ、上長瀞に行こう。

地獄門のどこか

なんとなく秩父に行こう。
夏の散歩である。
 
高校時代に通ったあの道を原付で走ろう。
あの時は地道に歩いていた路を、
今は時速60キロで走る。
 
あの時見ていた風景と、少し違う風景。
変わらないものや、なくなってしまったもの。
そして、新しくできたもの。
でも、本当に田舎だからほとんど変わっていない。
 
友達と笑いながら歩いた路は、ただの道になっていて、
そこには笑い声はなく
あの頃をぼんやりと想い出しながら、今はただ通り過ぎるだけ。
 
友達と笑いながら登った坂道は、あの時と何も変わってはいなかったけれど
歩いて登らないから、ずいぶんらくちんで
今となっては、どれだけつらい坂道だったのかもよくわからない。
 
坂道は森の中に通じる路で、
森の中に一歩踏み込むだけで、
あたかも結界の中に入ったように、空気が変わる。
何かを守っているかのような、静かで冷たい空気。
人のいない、
そのままの空気。
 
人の通る道があるだけで、人はほとんど通らない。
濁っていない、ひんやりとして澄み切った空気は、
街の中には、絶対に存在しないもの。
忘れてしまっている、とても大切なもの。
あるいは、知らないままでいる、とても大切なもの。
 
あの時はあんなに人がいたのに、
なんでもないときには本当に人がいない道。
本当にこの道を通ったのかさえも不安になる。
でも、
たしかにここを通ったのだ。
 
あの時見えていたものを想い出せないかもしれないけれど、
あの時見えなかったものに気が付くことができる。
あの時最後だと言ってはしゃいだ駅も、
今はただのさびしい小さな駅でしかない。
 
視点の違う風景。
時間の違う風景。
過去の風景。
現在の風景。
 
同じだけれど違うものや、
違うけれど同じものもある。
あの時見たものを、今も見ることはできないけれど
今見たものは、あの時に見ることはできないものなのだ。
進んでいく。
今を進んでいく。
立ち止まらす、でも振り返ったりはする。
進んでいく。
自分のいる場所を見失わないように。
進んでいく。
イマを進んでいく。
 
 
なんだ?この日記は( ´_ゝ`)